Thursday, January 17, 2008

荒俣宏なんかこわくない

日本では博物学研究の第一人者のようによく言われていますが、個人的には、彼の作品もしくは言動に少し馴染めない、というより違和感を感じます。古書の好きな人は澁澤龍彦の数々の著書に親しんだ人も多くいると思いますが、同時に両氏のファンというのは余り多くないのではないでしょうか? どちらも基本的には蘊蓄を並べているのですが、荒俣氏の言質は澁澤氏に比べて、信憑性がやや低いような気がします。確かに、この方のエピソード読んで、すごいな、とは思うのですが、ところどころで、ぼろが出たのを目の当たりにしたことがありました。

朝日新聞の「どらく編集委員通信」というコーナーがあります。かの荒俣氏のコラムもここで読めるのですが、千輪菊について書いたのがありました。まあ内容は、辺り触りのないもので、特記する必要のないものだと思いましたが、こんなことが書いてありました。

「大作り花壇は、伝統的な上屋に飾られていた。野外の花壇ではなく、鉢植えが室内に置かれている。見物客が野外にいて、菊は屋根の下だ。こういう花の見せかたは、日本だけではないだろうか。私はただただ感心しながら、大作りの菊を見てまわった。」

花の王国という荒俣氏の著作がシリーズで平凡社から出ていますが、失礼ながら、彼は余り園芸について詳しくないらしい。イギリスに行ったことはないのですが、かの有名なチェルシーフラワーショーでは "見物客が野外にいて"、"鉢植えが室内に置かれている""見せかたは"、そんなに珍しいものではないと思います。

あと、彼のブログで、オーデュボン の版画についてこんなことも書いてありました。

「この前のテレビ収録のとき、たまたま、アメリカの田舎のオークションで落札したオーデュボン『アメリカの鳥』バラ物が、20kgもあるでっかい木箱にはいって到着した。航空便なので運賃と関税だけでもすごい金額になってしまいます。そのときちょうど、自宅で撮影やってたので、この鳥図鑑は特別出演となりました。でも、日本の人にはオーデュボンといってもなじみがないと思うけど。

オーデュボンは19世紀アメリカの「立志伝」中の人物です。なんと、北アメリカ産の鳥をぜんぶ実物大に描いた図鑑を刊行しようと夢見た人だ。でも、もともとフランス人だからアメリカに基盤がなかった。でも、奥さんの献身的な協力で夢の実現にまい進した。ヨーロッパのお金持ちのナチュラリストから予約をとるためにパリに乗り込み、デイビー・クロッケットみたいなカウボーイスタイルで講演してまわったそうだ。たくましくて野生的なので、サロンの花形になったらしい。でも、せっかく描きためた原画がネズミにかじられてしまう不運に見舞われた。オーデュボンはあきらめず、また原画を書き直して図鑑を完成させたという。

ペリーが江戸へやってきたとき、お土産に持ってきたアメリカ文明の記念品のひとつにも、この図鑑がふくまれていた。そのせいかどうかわからないが、明治時代にいちはやく出た文部省の教育錦絵の「西国立志伝」編には、なんと、オーデュボンも出てくる! ネズミにかじられた原画を発見して嘆いている場面だ。すごいものである。昔は博物学者は尊敬されたんだ。

じつは、某大学のために古今の有名な図鑑を集める大仕事の真っ最中なのだ。代表的な博物図鑑を全部そろえて目玉資料とする予定なのだが、とはいえ、まるまる完全そろいを収集すると、オーデュボンだけでもオークション価格で軽く10億円になってしまう。でも、世界で一番高価なこの図鑑をいれないと資料集成にならないので、こっちも意地にかけて入手しようとがんばった。そしてこのたび、オーデュボン実物のバラ物を二点、競り落とすことに成功したわけです。

しかし、こういう人気作品を安く落とすのは至難中の至難だった。だいいち、アメリカではオーデュボンというと本物を客間に飾ることが一家のステータスになってるほど、国民に愛されてる図鑑なのだ。おまけにバラでも一枚数十万円から一千万円もする。落札することすら命がけの仕事だったが、運よく、落ちた!」

少し引用が長くなりましたが、蘊蓄にまみれまくったかなり癖のある文章です。「もともとフランス人」とありますが、西インド諸島出身で、出自は父がフランス人で母はスペイン系混血人だったそうです。母と4才のとき死別したために、父といっしょに、フランスに渡り、その後18の時にアメリカに渡りました。"北アメリカ産の鳥をぜんぶ実物大に描いた図鑑を刊行しようと夢見" 始めたのは、35才のときですから、アメリカに基盤が全くなかったはずはないし、反対に、フランスにあったとも言えないのではないでしょうか。

それに、「おまけにバラでも一枚数十万円から一千万円もする。落札することすら命がけの仕事だったが、運よく、落ちた!」とありますが、これはいわゆるHavell Double Elephant Folio版のものであって、それ以外のエディションはそこまで高くありません。例えば、初版の八切り版のものを$40で落札したことがありますし、最近の物になりますが、アムステルダム版のものならばオリジナルのものと同サイズのものが$50以下で落札できたりします。アムステルダム版というのは早い話がオフセットの複製品のような物ですが。こうしてみると、某大学のためとは言え、好きで集めているというより、成金の骨董趣味が文章から滲んでくるような気がするのですが、これは、単に自分の性格が悪いからでしょうか? 

「落札することすら命がけの仕事だったが」というのも解せません。アメリカの田舎のオークションで落札することのどこが命がけなのでしょうか? しつこく言わせてもらうと、「でも、日本の人にはオーデュボンといってもなじみがないと思うけど。」というのもさりげなく嫌みです。個人的には、荒俣宏崇拝者というのが理解ができません。結論というほどのものではないのですが、荒俣宏なんか恐くない。顔はある意味で恐いな、とおもうけど。

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